「くっそつまらない」人生から抜け出す「遠回り」の秘策【岸田健児さん対談3】

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目次

就活をせずに上京

西浦孝次(以下西浦)「学生時代のブレイクスルー体験をお聞きしたいんですが…なにか心当たりないですか?」

岸田健児さん(以下岸田)「あ、そうだ、僕 就活していないんですよ。

西浦「え?あれ、そうでしたっけ。どうしたんですか?」

岸田「えーっと、僕 大学は理系なんですね。実はすごい理系脳で。小中高とすごく数学と物理が得意だったんですよ。それもあって大学『物理工学科』というところを選んじゃって。」

西浦「めっちゃ理系!」

岸田「めちゃくちゃ理系なんですよー。そこで量子力学研究室にいて。でもそれ、くっそつまらなくて。

西浦「言い方(笑)研究室がつまらなかったんですか?」

岸田「いやもう理系のことが。試験管振ったり、『カーボンナノカプセルの磁気記録媒体の高め方』っていう卒論とか…いわゆる記録容量を高めるみたいな研究なんですが。そういう研究をしていて。くっそつまらなくてそれ。」

西浦「アッハッハッハ(笑)」

岸田「もうほんと、ありえないくらいつまらなくて。やべぇなと思って。でもこのまま進むと、一応国立の大学だったので、普通に就職先はあるんですよ。」

西浦「研究職として?」

岸田「そうです。機械メーカーさんとか。そういうのは全然なんなくいけるところだったんですけど、このままの人生でいいのかな と ふと思って。

そんなある日、祖父と話したのか、親と話したのかはちょっとわからないんですけど、『健児、昔じいちゃん家に自分の作った本置きたいって言ってたで』って教えてくれたんですよ。

それなんか素敵だなと思って。本好きだし、じいちゃんの古本屋まだやってるし、その夢叶えるのありだなと。

それで『編集者になろう』と思ってたときに、須藤元気さんの『風の谷のあの人と結婚する方法』という本を読んで、やっぱりやりたいことをやらなきゃだめだな、と漠然と思ったんです。

そして、敷かれたレールを捨てて『東京出たらなんとかなるかな』という田舎者ならではの安直な感じで東京に出てきました。」

西浦「おぉー。『おら東京さいぐだ』と。」

岸田「そう、深夜バス乗って東京タワー見て『東京だ!』っつって、それで編集者になるんです。

西浦「え、だいぶ話とんだけど(笑)東京タワー見た瞬間もう編集者になっちゃってるんですけど(笑)」

岸田「(笑)そこから専門学校に入るんですよ。編集者の。」

西浦「ほう。宣伝会議ですか?」
(※宣伝会議主催の『編集・ライター養成講座』という有名な講座がある。コピーライター養成講座はさらに昔からあり、こっちも有名)

岸田「いや『東京スクール・オブ・ビジネス』という、ビジネスの専門学校なんですけれど。そこに編集コースみたいなのがあって。今思えば上京してそのまま出版社行けばいいじゃんって感じですけど、なんか東京で遊びたい気持ちもあったんですよね(笑)

だから、大学の就活期間は学費を貯めるためにアルバイトです。」

西浦「なるほど、それで就活していない。」

岸田「就活してないんです。それで、僕大卒じゃないですか。専門入るとびっくりするくらいチート化するんですよ。学内でめちゃくちゃ頭いいキャラになるんです。

西浦「国立出てるしね。」

岸田「大学では底辺だったのが、急に優等生キャラ。」

西浦「(笑)」

岸田「だから先生が超優しくしてくれるんです。『岸田君だったら私、出版社いっぱい紹介するわ。』みたいな感じで。それでワニブックスに入りました。」

大学⇒専門学校はチートコース?

西浦「じゃあ、大学を卒業してから専門学校に行くというのは案外チートコースなんじゃないかという一つの提言ができますね。

大学行ったのに専門学校に行くというのは、時間とお金の無駄だと思う人もいるけれど、その経験値、知力は使えるぞと。」

岸田「相当使えますよ。」

西浦「専門学校の先生方にも気に入られるし。ぶっちゃけ、専門学校にいい就職先のコネを見つけに行くみたいな。」

岸田「そうですそうです!しかも、十八歳と二十二歳はやる気が全然違うわけですよ。十八歳の子はもう遊びたい盛り。『社会ってどんなところだろうワクワク!』『健児さん風俗いったことあるんですか!?』みたいな(笑)」

西浦「下ネタ(笑)」

岸田「ほんとそんな感じです(笑)かたやこっちは行ったことあるぞと。経験値がある。だからもう夢に向かって走れる。その時点で全然違いますよね。」

西浦「何の経験値の話ですか(笑)

でも、やる気はかなり違いますよね。

同級生とか友達はすでに就職しているわけだから、焦りもあると思うし。そこからプラスで2年専門学校に通うんですもんね。」

岸田「そうですそうです。その2年はもちろん焦りもありました。

当時Facebookが流行り始めた頃で、みんなの動向が知れるじゃないですか。

大学の同期が車とか買っていたりするんですよ。

かたや僕は、ドンキで買った八千円の自転車で学校通っているわけです。

そのつらさはありましたけど、まぁでもそれぐらいなもんで。たった二年ですから、僕はいい経験したなと思っています。」

西浦「そんな岸田さんが今では『かみさまは小学5年生』が33万部、『しなくていいがまん』が7.5万部で『悪魔とのおしゃべり』が8万部。(いずれも2018年12月末当時)今、サンマークさんの中の売れ行きトップ5のうち二つくらいご自分の企画でしょう?」

岸田「そうですね。『ゼロトレ』と『コーヒーは冷めないうちに』と『かみさまは小学5年生』と『しなくていいがまん』と…という感じですかね。そして今、『直線で書けば今すぐ字がうまくなる!』も食い込んできていますね。」

西浦「おっ!『直線』が!素晴らしい結果!でも宣伝せずにあえて話戻しますけど、チートになるのはすごく大事ですね。」

岸田「戻すんだ(笑)

そうですね。チート化がある意味ブレイクスルーのポイントなのかもしれないですね、『自分強い』みたいな錯覚。結局あの頃は自信があればなんでもできてましたもんね。

西浦「『これだけのことをやってきたから』という拠り所になりますよね。

自分はこの専門学校の中で大学を卒業している数少ない人間だからという。。。

僕もあのインターンシップの経験でチート化しましたもん。

インターンシップ先が結構人気で、結構な倍率の中で一人だけ採用してもらったんです。

しかもほとんど三年生の中で僕だけ二年生でしたし、自信になりました。」

岸田「それって、どうして自分が選ばれたかわかります?」

西浦「えーと、たしか…『あなたが面白いと思った広告を持ってきてください』という課題があったんですよ。

20人ほど集められて、順に自分のおすすめ広告をプレゼンしていくんですが、ほとんどの志望者が雑誌の広告ページを持ってきていたんですよね、オシャレーなやつ。

でも、僕だけ家にあったチラシをかき集めてきたんです。中にはスーパーの閉店セールのチラシもあって、店長が土下座してる広告なんですよ(笑)『助けてください借金が』とか書いてあって。」

岸田「へー、面白い。」

西浦「僕はそれこそ面接の三日前とかになって急にチラシ漁るようなタイプだったから『多分ダメだ』と思ったんですが。実際にプレゼンしてみるとみんなより面白いんですよ。ほとんど全員が雑誌のブランド品の広告記事でかぶってたから。だから通ったんでしょうね。」

岸田「なるほどなぁ。でもある意味それと似てますよね。違和感という意味では。それと一緒ですよね。」

西浦「違和感?どういうこと?」

岸田「周りは雑誌から持ってきました。でも西浦さんはチラシから持ってきました。その時点で個性際立ってるじゃないですか。そこでもう、『こいつなんか違うな』と思う。だから人と違うことやるのは大事だと思いますね。」

『人と違うこと』はクリエイティブではない

西浦「確かにね~。でもけっこう大変じゃないですかね?『人と違うこと』って。安直なことができなくなる。」

岸田「はい。『人と違うこと』をやるのは、実はすごく難しくて。まず『人と違うことをやるってなんだろう?』っていう前提の定義から始めなくてはいけないので。“普通”を探ることから始まるのってすごく大変。

西浦「そもそも『人と違うことしたい』という発想が、もう人と一緒ですものね。

確か秋元康さんが言ってたと思うんですけれど『“みんなと違う”とか、そういうのを考える発想はすごくマーケティング的で、実はクリエイティブではない。』と。」

岸田「なるほどね。」

西浦「あくまでも『他人との比較から生まれるもの』なので、やはりマーケティングの発想だと。

あと、糸井重里さんは『営業とかマーケティング部の人で、ちゃんとクリエイティブな人もいるよね。』とも言ってました。」

岸田「営業とかマーケティング部でちゃんと…あぁいますね~。」

西浦「ああいう人たちの提案はすごくいいんだよね、と。」

クリエイティビティの高さ・低さ

岸田「西浦さんってまさに『元営業だけどクリエイティブ』な人ですよね。」

西浦「ありがとうございます。でもクリエイティビティ自信ないですよ。」

岸田「ほんとですか?」

西浦「はい。『自分は編集者じゃないから本は作れない』と思ってるので、逆に思い切って任せられるというか。口出ししないですもん。」

岸田「あぁ確かに。」

西浦「この本とか。(『直線で書けば今すぐ字がうまくなる!』を指す)

本づくりについて、僕あんまり口出ししなかったでしょう?『カバーどっちがいいですかね?』『赤がいいかな。』とか、『なんかタイトル目立たないですね。』とかは言ってましたけど。」

岸田「『タイトル目立たない』は確かに営業目線ですよね。」

西浦「そうですよね。店頭に置いたときにどうなるかとか。

営業目線ってことで言うと、僕1年前に本屋さんの写真撮ってたじゃないですか。僕の中であれMVPなんですよ。

この本が1月に売れるということはわかっていたから、発売1年前の1月に、本屋さんにお願いして『新年ペン字練習フェア』の売り場写真、取らせてもらってたんです。

どういう売り場になってて、どういうデザインやタイトルならその中で目立つかを逆算するために

これをカバーデザイン相談のタイミングで調べようとすると、数か月先の『1月の売り場』がどうなるかわからないから調べようがないんです。」

岸田「うん、あれがあるかないかでだいぶ違いましたね。」

西浦「本屋さんがどんな売り場づくりをするかとか、フェア台でどんな本が目立つのかとかが、手元に画像としてあった。だからデザインやタイトルの話も非常にリアルな現場感覚でできた。やっぱりあくまでマーケティング発想なんですよね。」

岸田「にゃるほど。にゃるほど・ざ・わーるど。」

西浦「え、岸田さん、クリエイティビティ低くないですか?大丈夫ですか?(笑)僕の方がやっぱり高いかもしれない。」

岸田「にゃるほど・ざ・わーるど。天丼までベタですいません。」

西浦「時よ止まれ!ですなぁ(笑)」

※分からない人は「DIO」を検索してみよう!

苦労は「制作期間」

―――では次に移りますね(笑)続いては西浦さんプロデュース、岸田さん編集で作られた、2018年12月発売の『直線で書けば今すぐ字がうまくなる!』についてなのですが、この本の苦労やこだわりはありますでしょうか?

岸田「苦労、こだわりですか。僕、単純に本作りはあまり苦労を感じないタイプなんですよね。苦労かぁ…。」

西浦「この本はスケジュールがやばかったですよね(笑)」

岸田「あぁスケジュールやばかった!!やばかった!!」

―――まさかのそこですか(笑)

岸田「あのねぇ、西浦さんがね…。僕この企画いただいたのが確か八月末だったんですよ。」

西浦「(笑)」

岸田「てことは、十二月の一番盛り上がり始める時期に合わせようとすると、製作期間が約三ヶ月しかなかったんですよ。

西浦「ぎりっぎりですよね。」

岸田「ましてや僕、実用書を最近やっていなかったので、これまでの生き方本の流れのままでピョンッと飛べるかと言われたら飛べないジャンルなんですよ。

でも西浦さんからきた依頼だし、楽しそうだなと思っちゃって。なんかもういろんなこと考える前に『やります。』と言っちゃったんですよね。」

西浦「いやー、すいません(笑)」

岸田「いろんなこと考え始めると、やらない方向にいっちゃうので。まぁ楽しくなるだろうと思って『やります!』と言っちゃってましたね。」

―――そしてスケジュールが大変だったと…(笑)そんなに大変だったんですか?

西浦「他人事みたいに言うけど、やばかったですよね?」

岸田「やばかったですね。一週間でラフ切りして…

西浦「はやかったよ~、月刊誌作ってるのかと思っちゃった(笑)」

岸田「で、『この感じで原稿書いてください』と言って、一ヵ月で…初出版の著者に、取材もせずに…(笑)」

西浦「こういう本にしたいから、こんな原稿が欲しいと伝えてもらって。僕はこういう風に作りたいという形が具体的には浮かばないので丸投げで。」

―――こういうのやったら面白そうだなみたいな?

西浦「売り場と読者の特性っていう『マーケットインの発想』と、『著者の強み』をかけ合わせてコンセプトの“直線”は僕の方で考案しました。

でも、それをどう作れば最も伝わる本になるかはもう知らん!僕にはわからんもん!」

岸田「あははは(笑)」

―――全部お任せで(笑)

西浦「この本を一番面白くできそうな人を思い出せ!いた!(岸田さんを見る)って感じで。

そのうえで、これは明確に売れる時期が決まってる本なので、十二月前半までに出さないと売り伸ばせないという話をしたんですね。」

岸田「本当、すごく編集者的な内情でいうと、僕はわりと今年すごく売れたので会社からはペース落としていいよぐらいな感じの扱いだったんですよ。

なのにこの本の企画を持ってきて、『まだやるの?!え、やるの?!』みたいな(笑)」

西浦「あはははは!(爆笑)まだやり足りないの!!?みたいな。」

岸田「『もういいよ!!?』みたいなことを会社の人に言われて(笑)いやでも今出さないと意味ないですと(笑)だから、本当はこのテーマじゃなったら、もっとゆっくりやってましたね。」

ほどほどに綺麗な文字で十分な現代

岸田「こだわりポイントは結構あって。まずこれですよね。(背表紙の写真)

コデックス装といいます。ペン字の本はいっぱいあるんですけど、いろいろ買ってみたら書きづらくて仕方なくて。机に置いて練習しようとしても、片手で押さえてないと開かないから。なんか(読者への)『愛がないな』と思ったんですね。なのでしっかり開くこの装丁にしました、原価高いんですけど。まずこれが一つ目。

あと、この企画の面白さはやっぱり美文字ではないというところですよね。」

西浦「美文字ではないですね。」

岸田「レタスクラブの編集長が言っていた話で、レタスクラブがなぜ売れなかったか研究すると、載っている料理は美しいんだけれどじゃあこれを実際家庭で作れるかというと、難しすぎて作らないという読者の声があって。それよりは家庭で作りやすく、そんなに綺麗ではないけれどおいしいみたいな料理に変えたらバーンと売り上げが上がったらしいんですよ。

僕、文字の本も一緒だなと思ったんですね。全部の本を見て、実際なぞったりもしたんですけれど、いっこうに上手くならないんですよ。確かに綺麗だけどさ、なぞる影つけてくれないとうまく書けないじゃん、みたいな。」

西浦「結局、白紙の紙になったときに書けないんですよね。」

岸田「それで、これはやっぱり、もう一生自力で書くのが無理な字なんだなと思ったんですよ。一生じゃないにせよ、本だけじゃ無理だなと思ったんです。」

西浦「それこそ書道教室に週に3日以上通うようでないと厳しいですよ。1か月サボるだけでもう維持できない字ですよね。」

岸田「てなると『これ嘘じゃん!』と思ったんですよ。

逆に、これ書いていいのかわからないですけど、『直線で書けば今すぐ字がうまくなる!』の字は『めちゃめちゃ上手くなりますね!』というほどではないんですけれど、程よく上手く見えるぐらいのところをついていて。

それが今の時代にあってるし、嘘じゃないというところが逆に誠実だなと思うんですよ。それがこの企画の面白さだと思っています。」

西浦「カバーの『左の直線』が『右の直線』になるというところの

これがめっちゃきれいかと言われるとそうではないんだけど、油断すると左側の字書いちゃうじゃんという話で。

左側の字を達人の字にするには何年かかるかわからないけど、右側の字であれば四時間で変わるよという。

岸田「そして、たぶん人はこのくらいまででいいんですよ、正直。だってそんなに書くシーンというのがないから。」

西浦「今の時代ね。」

岸田「そう。だからたまに書くときにちょっとうまく書けるくらいがよくて。そこが需要と供給があっている気がしているんですよね。なのでこの本は、売れます。」

西浦「実際に売れましたね。」

岸田「発売から二週間で、一万八千部。三刷。」

西浦「しかもその増刷決まったのが、発売後一週間ですもんね。」

岸田「実用書でこういうのは異例で。実用書は色々プロモーションをやってなんぼの世界なので、こういう風に初速がぶわっと出て売れていくというのは、とてもすごいことだと思います。」

……今回はここまで!

次回は『直線で書けば今すぐ字がうまくなる!』の他の部分でのこだわりなどをお届けします。
さて、どんなこだわりが飛び出してくるのでしょうか?
お楽しみに~!!

次回が岸田さん×西浦さん対談シリーズラストの記事です!
みなさま、最後までどうぞよろしくお願いします!

ライター・編集・写真:竹田

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