先週末カラオケでタンバリン叩きすぎて内出血した出版プロデューサー西浦です。タンバリンってどうするのが正解か全く分からない。
そんな内出血カラオケの翌日、2017年5月27日に出版関係者のSNSで話題になった記事があります。
マジメで地味な中公新書が『応仁の乱』で37万部超、意外なヒット連発の謎
yahooニュースでも取り上げられ、さらに拡散されてましたね。
書店のランキングとかで良く見てましたけど、あんまり注意して動向をチェックしていなかったので、発売からの経緯を調べてみることに。
ちなみにネット上にはいろんな記事が出てるのですが、やはりピックアップされた情報と解説、まとめが大半ですね。
読んでて面白くはあるのですが肝心のどうやって売ったかがイマイチわからない。
「もっと詳しい経緯を知りたい…!どのタイミングで増刷決まって、広告打って、いつ10万部超えたんや!」みたいな詳しい流れを知りたいのが、著者をはじめ出版関係者のマニアックなところですよね。
なので出版TIMES読者の皆さんのためにガチで公式twitterを数か月さかのぼって調べてみました。(辛かった…)
その結果分かったのが
なぜ、今、売れているのか―
どなたか教えてください。
と著者や担当者も言ってる(らしい)ってことです(笑)
目次
新書「応仁の乱」ヒットの流れ時系列順
- 10月20日発売 初版13,000部。
戦国時代や幕末と違い、室町時代はあんまり人気がありません。だからか当初は著者も「2万部くらいかな」と予想していたそうです。
「中公ブランドと『応仁の乱』というタイトルで2万部くらいはいくかもしれないが、登場人物の多さが敬遠されて伸び悩むと予想していた。
―日本の歴史愛好家の知的好奇心、高かった 「応仁の乱」本が異例のヒットより
ところが
- 10月24日 発売から4日で増刷決定。
つまりかなり初速が良かったと思われる。
呉座勇一著『応仁の乱』が、たちまち重版決定です。東軍支持派の方も西軍贔屓の方も、この機会にぜひお求めください! 著者の呉座さんのインタビューは、「web中公新書」でお読みいただけます。https://t.co/eoSw2D5zbE
— 中公新書 (@chukoshinsho) 2016年10月24日
11月27日付の日経新聞に呉座勇一著『応仁の乱』の書評が掲載されました。評者は『室町の王権』の著者・今谷明さん(帝京大学特任教授)です。「NHKの大河ドラマに携わった者として、不人気のテーマを書き上げた著者の筆力には敬服する」https://t.co/qnRwAaMq2i
— 中公新書 (@chukoshinsho) 2016年11月27日
- 11月29日 約6週で5刷
- ??? 関西限定広告 京都書店で新書1位
正確な時期は分かりませんでしたが、関西限定広告を実施されています。(部数的に11月~12月くらいだと思います)
広告内のランキング情報によると、この時点でアバンティさんふたば書房さんで新書ランキング1位に。丁寧なエリアマーケティングですね。↓
「応仁の乱」本が異例のヒット https://t.co/9YsoDh3dTq @jcast_news さん、ありがとうございます。著者も編集担当者も「正直、なぜこんなに……」と思っている(らしい)『応仁の乱』、記事にある「関西発行の地方版限定広告」はこちらです。 #応仁の乱 pic.twitter.com/BbqLNWosLm
— 中央公論新社宣伝部(よちよち本稼働) (@chuko_senden) 2017年1月10日
- 12月9日 約7週で6刷
- 12月11日 毎日新聞 読書面掲載
- 12月22日 発売から約2ヶ月で7刷
ここまで発売から1週間~2週間ごとに増刷をかけています。
かなり安定して売り上げが伸びて、書店さんからの注文も増え続けたということでしょうか。いい流れだなぁ・・・こうありたい。
- 12月28日の新聞広告7.8万部 twitter
12/28、朝日新聞朝刊(東京版)掲載の広告です。中公新書『応仁の乱』。「応仁の乱」をガチで扱って8万部目前。マニアックな歴史クラスタの皆さんならばおわかりいただけるだろうか…このテーマでこの売れ行きが、かなりのびっくり案件であることを…。みんな…呉座先生がやってくれたよ……! pic.twitter.com/j7gVWRxmzE
— 中央公論新社宣伝部(よちよち本稼働) (@chuko_senden) 2016年12月28日
- 1月20日 約3ヶ月で8.8万部(これより前のタイミングで増刷してた可能性が高いけど)
おかげさまで8.8万部。義政氏には「なんで富子さんにビシッと言わないの」とか「現実逃避しすぎ」とか「もうちょっとこう……ねえ」なエピソードがいろいろありますが、550年前に乱が勃発しなかったら、この重版もなかったわけで……
ハァッピバァスデエェ義政氏ィイイ!!(絶唱) https://t.co/kGHl0yd3Iv
— 中央公論新社宣伝部(よちよち本稼働) (@chuko_senden) 2017年1月20日
ハァッピバァスデエェ義政氏ィイイ!!(絶唱)とか本当にスキ
- 1月23日 3ヶ月と3日で10刷10万部!
なんか攻勢に出た!感があります。
呉座勇一著『応仁の乱』の重版が決まりました。10刷10万部となります。ありがとうございました。ちょうど産経新聞1月21日付に担当編集者が寄稿しています。「とりわけネット上での反響がすさまじく、担当編集者にとってはうれしい誤算でした」https://t.co/NtkdRIEnXu
— 中公新書 (@chukoshinsho) 2017年1月23日
- そこで1月30日に呉座勇一さんトークイベント「南北朝内乱から応仁の乱まで」
50名集まる著者って、タレントでもなければそうそう居ませんよ。
- 2月12日に朝日新聞書評欄掲載(引用ツイートの11月は打ち間違い?)
朝日新聞11月12日付の書評欄「売れてる本」で、呉座勇一著『応仁の乱』が取り上げられました。評者は社会学者の大澤真幸さん。「けっこう学術的なこんな本がよく売れることに、ふしぎを感じる。が同時に、多くの読者をもつに値する本だとも思う」https://t.co/UlkUwJwbvv
— 中公新書 (@chukoshinsho) 2017年2月13日
- 2月24日 約4か月 18万部
中公新書『応仁の乱』の広告、今朝の京都新聞を皮切りに、全国各地のご当地新聞に(散発的に)お出しする予定です。お見かけになった際には「おお…動乱の余波がこの地にも…」と感慨に耽っていただければ何よりです。そう、まるで奈良・京都から発して全国に波及した……(ハッ)(奈良新聞) pic.twitter.com/66sGAzS4CT
— 中央公論新社宣伝部(よちよち本稼働) (@chuko_senden) 2017年2月24日
- 2月27日 ああ、言っちゃった感笑
なぜ、今、売れているのか―
「どなたか教えてください。」
「呉座先生、何故そんなニッチなところを!?」と誰もが驚いた(※当社調べ)このテーマ。主戦場の奈良・京都からジワジワと…と思っていたらまさかの「4カ月で18万部」!室町びいきの歴史クラスタ諸氏、お待たせしました。あなたがたのターンです https://t.co/hMpdkpg5OD
— 中央公論新社宣伝部(よちよち本稼働) (@chuko_senden) 2017年2月26日
- 3月1日に取材、2日にNHK ニュースウォッチ9で紹介20万部突破
- 3月3日 アマゾン1位
- 3月6日 読売新聞全5段 23万部
ツイートから察するに本書としては初の全5段?
〇分間にだいたい1冊売れておりますっていう表現、本ではじめてみました笑(広告右上)
3月6日、読売新聞朝刊掲載の中公新書『応仁の乱』の広告はこちらです。10月の刊行から4カ月余、まさか全5段(紙面の1/3サイズ)を出せるとは……。NHKでお取り上げいただいたり、緑の表紙の思わぬ露出が続いておりますが、今後とも地道に宣伝して参る所存です。 #応仁の乱 pic.twitter.com/gRc1NdA1ES
— 中央公論新社宣伝部(よちよち本稼働) (@chuko_senden) 2017年3月6日
- 3月23日 約5ヶ月 16刷 31万部
『応仁の乱』の重版が決まり、16刷になりました。これで31万部です。30万部突破ということで、めでたいです。わーい。また、『週刊朝日』3月31日号の「ベストセラー解読」で長薗安浩さんが、「だらだらと続く大乱」と題して本書を論じています。
— 中公新書 (@chukoshinsho) March 23, 2017
- 4月11日 17刷 帯チェンジ 3X万部
呉座勇一著『応仁の乱』の重版が決まりました。これで17刷になります。帯にはどーんと「英雄なき時代の「リアル」」と記されております。皆さん、ぜひ本書で「リアル」を感じ取ってください。https://t.co/eoSw2D5zbE pic.twitter.com/35Vt37JXur
— 中公新書 (@chukoshinsho) 2017年4月11日
- 4月19日 約半年。マンガ日本の歴史と併売が増えたことで、ダブルメインの宣伝に。
おかげさまで大好評の #応仁の乱 とロングセラー #マンガ日本の歴史 の22巻を併売してくださる書店さんが増えているとのことで、新しい新聞広告を制作いたしました。「マンガでも一冊丸ごと揉めてます!」(4/19毎日新聞掲載) #呉座勇一 #石ノ森章太郎 #新聞広告 #中公 pic.twitter.com/uMv9M5sMhv
— 中央公論新社宣伝部(よちよち本稼働) (@chuko_senden) 2017年4月19日
- 4月26日 19刷
- 5月22日 発売約7か月。テレビ東京『ゆうがたサテライト』でも取り上げられる。
番組でも一貫して『地味すぎる』を推していたそう。強いなぁ、『地味すぎる』の語感。
テレビ東京「ゆうサテ」、応仁の乱の特集の中で弊社刊の新書『応仁の乱』を取り上げていただきました。
ロケ書店は紀伊國屋書店新宿本店さま。「一番いいところに置いている」とのこと。ありがとうございます〜! pic.twitter.com/VbzxMtEycm— 中央公論新社宣伝部(よちよち本稼働) (@chuko_senden) 2017年5月22日
ヒットの理由を整理する
『応仁の乱』ヒットを受けて各メディアからの取材が行われました。冒頭のBuzzFeedさんの記事によれば
- 著者力が高い (第一人者、かつ若い筆者)
- クオリティの高い原稿
- 取り上げてもらったメディアの効果、新聞広告の影響も大きい
というのがヒットの主な理由です。
『応仁の乱』ヒットの背景にあるのは、こうしたマジメな本作りという「基礎」だ。
こうあるように、確かに本としての基礎力が高いのは間違いないでしょう。
なぜならタイトルの面白さなどで引っ張れるのはせいぜい10万部までで、それ以上は「中身の面白さ」が必要だからです。
37万部突破という偉業は、本そのものの力なくしてありえないでしょう。
ちなみに、なぜ本の「中身の力」がないと10万部を越えられないかというと、クチコミが発生しないとそれ以上は厳しいからです。
そして「クチコミ」発生の条件こそ「感動」です。感情が動かないとクチコミはしないですからね。
「感動」は本の中身が面白くないと生まれませんから、10万部以上には「中身の面白さ」が不可欠と言えます。
メディアと読者を動かしたトリガー
ただ、中身と同じくらい重要な要因として「言葉の戦略」があるように思えます。
以前書いた「累計150万部のシリーズは、一本の電話から始まった」のような「偶発的なものを、意図して能動的なものに変えてきた」タイプの戦略です。
本作「応仁の乱」は中身の力はさることながら、
「スター不在」「地味すぎる大乱」「知名度はバツグンなだけにかえって残念」
といった言葉がクチコミのトリガーになったことは疑う余地もないでしょう。SNSでの広がりやメディア取材に見る一貫した「地味すぎる」推しがその理由です。
宣伝部が考えたのか、担当編集か、あるいは別の人なのか分かりませんが、このコピーがクチコミと購買のトリガーになっているのでしょう。
マーケティングとして学ぶべきはここ
今や28万部を突破!『応仁の乱』を読んでいるのは、どんな人たちなのか?
↑のHONZの記事でwww(トリプルウィン―取次大手が提供しているPOS)のデータが紹介されています。
こちらによると発売から順調に売れ続け2月末に一気に爆発。2月末と言えば全国ご当地新聞の広告と3月2日のNHKのタイミングですね。
クラスタ分析によると読者層は圧倒的に50~80代の男性となっていますが、
新聞を読んでるのも50代以上が圧倒的に多いですし(全国ご当地新聞大当たり)、NHKもこの年齢層と相性が良いメディアです(ニュースウォッチ9大当たり)。
まさに主客層にガッツリ刺さった印象があります。
しかし忘れてはいけないのが、それ以前からも本書は売れ続けていたということです。1月23日には10万部を突破しています。
この10万部までを支えたのが各歴史クラスタとSNS層(30~40代?)かと思われます。
歴史クラスタはいわゆる歴史好きの方で、やはり戦国時代や幕末が2大人気。(あと三国志。)
その中には「応仁の乱」に「興味がないこともない」という層がけっこういたのでしょう。
僕も齋藤道三の小説を読んでいて「誰が首謀者で、なぜこんなに続いたのか、だれが終わらせて、結局勝ったのはダレなのかよく分からない不思議な乱」という認識は持っていました。
戦国初期の武将を紐解くと、平安時代のこの乱はちょっと出てくるんですよね。でもやっぱりよく知らない。
そこに「スター不在」「地味すぎる」「残念」などと煽られると興味を抱きます。
歴史クラスタ(歴史好き)は50代以上の方が多いでしょうが、少数派ながら30~40代もいます(自分もその一人です)。
彼らが「地味すぎる」をSNS上でシェアしたことで、書店から足が遠のいていた歴史クラスタや、普段は歴史ものを購入しない30~40代にも広がったのでしょう。
つまりステージ毎に顧客の変化が生じていて、
- 初期(発売1ヶ月以内)
【ガチ歴史クラスタ】(毎月、歴史モノの本を書店でチェックしている層)が「『応仁の乱』は類書ないなぁ、けど興味あったし」と購入。
- 中期(「地味すぎる」情報の発信開始)
【並歴史クラスタ】(数か月に一回は書店で、歴史モノをチェックしている層) ガチ勢と同じような理由で、しかし少し遅れて購入。ガチ勢からのクチコミも影響したかも。
【SNS層の内の弱歴史クラスタ】 ガチ歴史クラスタ30~40代が中心に発信した「地味すぎる」シェアを見て「面白そうなの出てるな~、『応仁の乱』は確かにナゾ」と購入。
- 後期(10万部前後)
【並歴史クラスタ】 中期と同じ 書店で歴史ものをチェックする頻度が人によって違うので、遅い人はこのあたりで反応。
【弱歴史クラスタ】(新聞・NHKに反応した元・歴史クラスタ「こんなの出てたか、最近本屋行ってなかった」「『応仁の乱』で10万部売れてるなんてきっと面白いに違いない」と購入)
- 今(拡大期)
【弱歴史クラスタ】 後期と同じでまだ書店に来てなかった人が続くイメージ。
【流行ってるので興味湧いてきた層】 歴史ほとんど興味ないけど『37万部』で『地味すぎる』って興味あり。
という流れなのかなと推測します。
僕みたいな層が「弱・歴史クラスタ」だったりするのだと思います。
同じ「歴史好き」でも、その強弱で反応する理由は違うし、書店に来る頻度やSNSの親和性も違っています。
今後はどこまで広げられるかが重要になってきますね。
そこで、例えば「歴史に興味のない20代の女子」を取れるかということになります。
基本的に歴史を扱った本で、歴史に興味のない人に買ってもらうのは無理です。
ただ「地味すぎる」はやっぱり面白いですよね。変に歴女っぽいコピーに変えるより、買ってもらえる可能性は高い気もします。
つまり僕らが「応仁の乱」から学ぶべきことは、中身の詰まった良い本を作るというのは大前提として、
さらに、本の成長段階に合わせて、初期から後期、拡大期まで「読者の階層・クラスタ」の変化に対応していくということです。
マニアから素人へ、認知層から非認知層へ読者を広げて行く過程で、売り方や販売方法を変えていきます。
しかし本の中身は、販売段階に応じて変えていくということができませんから、最初から「マニアも納得、初心者もとっつきやすい」ものを作っておくことが重要になります。