仕事

ミスタードーナツの誘惑に勝てる率3%の出版プロデューサー西浦です。

セルフイメージという言葉があります。「自分のことをどんな人間だと思っているか」というような意味で「自己認識」と言い換えても良いと思います。主に自己啓発業界でメジャーな言葉で、やれ「セルフイメージが高い」だの、逆に「セルフイメージが低い」だの「セルフイメージが高いから成功してる」とか「セルフイメージと年収は比例する」とか「セルフイメージが低いからチャレンジできない」とか「セルフイメージを上げないと」とか「セルフイメージが低い人と一緒にいるとオーラが下がる」とか『セルフセルフうるせぇ!!!!』って言いたくなります。どうぞドリンクバー行ってきてください!この言葉ほんと多用されすぎで、営業系・人材系業界の「人間力」やちょっと自分面白いでしょ業界の「シュール」くらい使われてます。

と、個人的な魂の叫びは置いておいて、「セルフイメージ」は基本的に「高い」方が良いとされてます。が、僕は高いだけだとかえって邪魔で「シンクロ率も大事だよね」と思っています。

セルフイメージは考え方、行動に影響する

セルフイメージという言葉に馴染みのない方へ(それでなんの問題もないです)簡単に説明しますね。例えばあなたが「自分は算数が苦手だ」という「セルフイメージ」を持っている学生だとすると、算数を苦手なものとして授業も「理解できなくて当然」として聞いたり(先生からも消極的と映る)、テストも「良い点とれるわけがない」と思ってあまり努力せず、その結果たとえば「43点」をとって『やっぱね、赤点ギリギリ。算数苦手だわ』と、より「算数苦手」というセルフイメージを固定化していくことになります。

逆に「自分は算数が得意だ」というセルフイメージを持っていると、授業も「理解できて当然」だと思うので、そんな自分が理解できないところが出てきたら「それはおかしいこと」なので授業中に質問したり、わかるようになるまで参考書を解いたりします(周りからも積極的と映る)。テストでも「算数は得意だから高得点狙おう!」と思っているのでちゃんと準備し、結果たとえば「92点」をとって『よし!さすが自分、次は100点いけるかも?」とより「算数が得意」というセルフイメージを固定化していきます。

セルフイメージと算数テスト

ここで、セルフイメージを固定化・定着させているのが「テストの点」です。算数のセルフイメージが低い人と高い人が、二人にとってイレギュラーな「70点」という点数を取った場合、セルフイメージが低い人は「たまたまだから!そんなわけないから」と受け入れず、次回以降のテストで低い点を取って安心します。逆にセルフイメージが高い人は「これはおかしい!ちゃんと試験準備しなかったからだ」とこちらも現実を受け入れず、次回以降のテストではより頑張って、高得点を取って安心します。

でも70点取ったというのは事実なので二人とも「そのテスト範囲の単元は70%理解できている」ということなのです。70点を高得点と思うか、低い点と思うかはそれぞれのセルフイメージ次第という面白い例ですよね。良いも悪いも70点は70点なのに。セルフイメージが低い方も「どうも算数の中でも二次関数は得意らしい」とか高い方も「文章題になると、間違いやすい」と正確に受け取った方がプラスになるのになぁと思っています。

現実がセルフイメージを書き換える

こう書くとやはりセルフイメージは高い方が良いと思うし、実際そうです。高い人は高く維持できるよう努力しますからね。でも、あくまでセルフイメージなんて「イメージでしかない」から、目の前の現実からも影響を受けます。ずっと現実を見続けると、セルフイメージが変化していくのです。

頭の良い人たちが集まる進学校に進めば、今まで学年トップ10だった人が、トップ100くらいになったり、スポーツ強豪校に行けば、今までレギュラーだった部活で「2軍落ち」して自分のセルフイメージを下げることになります。これが1年、2年、3年続けば得意が苦手になり、好きが嫌いになり、夢と現実を知るわけです。自分の実力は変わらず周りが上がっただけなのに、自分が低いと認識が変わります。

テストや運動の話だけに限らず、あらゆるジャンルにセルフイメージとその固定化を促す環境があります。体重とか年収とか、友達の人数とか数値化しやすいものはイメージの固定化がされやすいです。「いいね!」の数もそうです。さすがの僕も体重計に乗ったときに「アイドルは無理だな」と認識しました。これらは他人と比較しやすく、上下や順位を突き付けます。

セルフイメージを重視する人はセルフイメージが無意識、潜在意識下にあるから、現実よりパワーが大きいと思っています。確かにそういう見方もできます。しかし潜在意識が現実に影響を与えるように(算数が苦手だから授業をテキトーに聴いたり、70点とっても「たまたま」と思ったり)、現実もまた潜在意識に影響を与えます。そこを無視してはいけません。結果、セルフイメージと現実は良くも悪くもシンクロしていきます。

イメージと現実とのギャップを埋める方法

僕はセルフイメージと現実とのギャップを「シンクロ率」という指標で捉えています。自分は算数が得意だ、テストでは毎回90点くらいだと思ってて、実際に90点取る人のシンクロ率は「100%」です。自分は器械体操が苦手だ、逆上がりが出来ないと思って、実際に逆上がりが出来ない人のシンクロ率も「100%」です。高い低いに関係なく、イメージと現実との一致率です。自己認識と、認識している世界がシンクロしている人は、思った通りの世界になっているので安心です。ではシンクロ率が低いとどうなるのでしょう?

シンクロ率が低いと、かなり苦しいので、そのギャップを埋めようとします。現実と向き合いつつ、イメージの方を変えたりもします。新入社員が、入社前に持っていた根拠ない自信がすべて折られて、自分の小ささを受け入れていくステップです。「今の自分(=活躍できない自分)を受け入れよう」としつつ、少しずつ仕事を覚えていく過程ですね。あるいは現実がセルフイメージに追いつくまで、行動し続けられる「セルフイメージが強い」人もOKです。「本来の自分はもっともっと上にいる!」と信じてその1点から照準をずらさず、それを現実化するまで今のギャップに耐えうる精神力の持ち主です。そういう人がいわゆる「思考を現実化」していく人たちだと思うので。

問題はセルフイメージと現実とのギャップを代替物で埋めようとする人です。これが厄介なのです。

ギャップを「代わりのもの」で埋めるのは危険

「自分は仕事ができるというセルフイメージ」があるのに「目の前の現実ではうまくいっていない」とき、現実をちゃんと見て、分析して、行動して少しずつ良くしていくのではなく、例えば「SNSの中でキラキラしてる自分をPRする」ことでSNSという世界で「シンクロ率」を上げようとします。ほら、親友っていう言葉を多用する人の方が、実際は親友と呼べる友人いないじゃないですか。あのパターンです。自由を良しとするのは本当に自由ではないからだし(「僕は勉強ができない」より)、儲かっている人は儲かっていると見られないようにしているし(お金目当ての人が寄ってくるのが嫌)、親友がいる人は親友という呼び方にこだわってはいないはずです(「あいつと自分」という関係が唯一無二過ぎて、親友などと呼ぶとかえって違和感があるというか、『友達でいいじゃんねぇ?』となる)(それこそ千差万別で「親友と呼び合う人」もいるでしょうから一概に言えないんですけど)。

こういった代替物の例は他にもありまして、実はその一つが「本」になることがあるのです。

本を「自分の欠如を満たす道具」にしない

ある著者と話していて企画の話をしているのに、どうしても自分の「親」の話になってしまう方がいました。『企画の話をしているのに、読者じゃなくて親の話になるのはおかしいですよ。親御さんに買ってもらう本ではないでしょう?』と言ったらすごくハッとして『本当にそうですね・・・』と考え込んでいらっしゃいました。その方は自分の親に認めて欲しい、あるいは解放されたいという願い(親に認められた自分、親から解放された自分というセルフイメージ)があったのですが、おそらく現実はそうなっていなかったのでしょう。そのギャップに苦しみ、シンクロ率を上げるために「本を書く」ということをしようとしたのです。本を書くことで認められるとか、本を書くことで解放されると思っていたのです。

セルフイメージの高さとシンクロ率の高さ

シンクロ率が高い(現実とセルフイメージが一致している)ときに本を書かないと、本が代替物になってしまう可能性があります。文頭でも書いたように自己啓発業界では「セルフイメージが高い方が良い」とすることが多いですが、そのせいでシンクロ率が下がると「自分のために」本を書くことになります。年収2000万でも満足する人がいれば、5000万でも「まだ1億じゃない!」と満足しない人もいます。セルフイメージは後者の方が高いのかもしれませんが、前者のように「満足して周りに感謝している段階」に至らないと、自己実現、他者貢献の意識で本を書けません。シンクロ率が高いのであれば、僕もセルフイメージが高い人の方がすごいと思うし、好きなのでぜひとも仕事したいです。ですがセルフイメージばっかり高くて、シンクロ率が低いと「本当のところは自信がないのかな」と感じてちょっと不安です。その不安を解消するための本を、無意識で書いてしまいそうだからです。そんなの読者からすればいい迷惑ですよね。自分のために書かれた本は、読者に届かず結果として、やっぱり売れません。

出版で求められるのはセルフイメージではなく実績です。何をしたか?という事実なので、シンクロ率の方が大事だと思います。セルフイメージが高くないかも?ということはあまり不安に思わなくて大丈夫ですよ。

出版でベストセラーを目指すならセルフイメージの高さだけでなく「シンクロ率」も考えてみてください。

 

なんだかこの記事を読んでいると、さぞかし僕がセルフイメージも、シンクロ率も高いように思えてきますが・・・全然そんなことはありません。今でもシンクロ率が低く、現実とのギャップに苦しんでいます。だからたぶんこの記事を読んでくださった大部分の方と同じような気持ちです。それにシンクロ率が100%になってしまうと、発展や進化がないので、ある程度はギャップがあった方が精神的に健全だと思っています。

 

出版したいならセルフイメージの「シンクロ率」をあげよう

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みかんは真ん中でわって、三房ずつくらい一気に食べるタイプの出版プロデューサー西浦です。みかんは三口で食べるものですね!

個性を出してうまくいく人と、いかない人の違いはどこにあるのでしょうか?

本に限らず、仕事には「オリジナリティ」が求められます。オリジナリティがないと「別に他の人でもいいや」となり差別化が出来ないからですね。それに差別化うんぬん以前に「やっぱ○○さんでなきゃ!」とか「あの人の仕事って感じがするよなぁ」と思ってもらえるのはやっぱり嬉しいし、言われたいものです。

しかし仕事にオリジナリティを足して、認められて評価されていく人と、オリジナリティと名付けた「ただの独りよがり、エゴ」でしかなく、評価もされず仕事もうまくいかない人との違いはどこにあるのでしょうか?どうせなら検証例の多い人に訊こうと、約1万人の会員数を誇る「教室ビジネス」の事務局さんに話を聞いてきました。

ズバリ、「自分の色を出してうまくいく先生と、いかない先生の違いは何か?」です。

個人が本部の支援を受けて独立する「教室ビジネス」

教室ビジネスについてまずざっくり解説すると、主婦の方などを対象に○○教室の先生としてフランチャイズ的にビジネスを展開していく事業です。

事務局や本部は先生方にテキストを販売したり、生徒の集客方法から指導方法までマニュアル化して提供します。それで売り上げの一部を本部が受け取るというモデルです。

主婦の方が対象となるケースが多いのは、たぶん自宅で開催できることによる会場費などのランニングコスト削減とか、子育てが少し落ちついてきて、社会とのつながりや、やりがいを求めている方が多いからでしょうか。先生候補に女性が多いため、教室も自然と「ビーズ教室」などの女性向けや、いわゆる「く○ん式」など子供向け学習塾が主となります。

そこで、とある○○塾1万人の先生の中で「自分の色を出してうまくいく人、そうでない人の違い」を聞いてみました。

自分の個性で勝負してうまくいかない理由

結論から言うと自分の色を出す先生は伸びないそうです。いきなり否定されました(笑)指導方法の本質的な部分はやはりフランチャイズとしてしっかりノウハウ化されており、そのやり方に則って進めていく人がうまくいきます。

たとえばその教室では「生徒の質問に、答えを出さない」というルールがあります。なぜかというと、子供が自分で考える機会をすごく大切にしていて、質問に質問で返すなり、ヒントを示すまでにとどめたりします。

でも、すぐ答えを教えてしまう先生もいるんですね。答えをすぐ教えてくれる先生だと、その瞬間は生徒も喜ぶし、先生を好きになってくれます。100点もらってすぐ帰れますから、早く遊びに行ける。けれどその子は、なんでも人に聞く「教えてもらう子」になってしまう。「自分で考える子」ではなくなってしまいます。

それに一人の子の横について、ひとつひとつ答えを教えていると、一人に時間がかかりすぎて他の生徒から不満が出るか、生徒の人数を増やせなくなり、結果的に教室がビジネスとして回らなくなってしまいます。

マニュアルとかノウハウってちゃんと考えて作られてるんだなーと思いました。

個性を成果に結びつける「オプション思考」

ではうまくいっている先生というのはどういった先生なのでしょうか?それはオプション思考で、自分の色を足していく先生です。

事務局から教わった基本は忠実に実行しつつ、さらに部屋の内装にこだわったり、絵本をたくさん用意するとか、保護者面談がマメにあって親への対応が丁寧など、オプションをどんどん足していく人はうまくいくそうです。特にこの教室事業は、教育業界特有の「サービスを受ける人と、お金を出す人が違う」状況にあります。(児童書もそうですね。)ですので、子供への満足も親御さんへの満足も両方上げていくオプションタイプの先生がうまくいくのは理に適ってるなーと思います。

となると、生徒に対しては優しい先生が人気あるのかな?と思ったのですが「いや、アットホームな先生も、私語厳禁の厳しい先生もどっちも大人気です!」とのこと。学習中はとても厳しいけれど、その日の学習が終わった後でなら「先生、今日学校でこんなことがあってねー!」という話をちゃんと聞いてくれるからだそうです。厳しさと優しさのメリハリがついているんですね。もちろん厳しい空気に耐えられないタイプの子は、みんなでワイワイやるようなアットホームな先生が人気らしいです。(余談ですが「優しい先生の方が人気ある?」という質問に「アットホーム」という表現に言い直して返すあたり、「優しさ」に関するこだわりを感じられてワクワクしました。)

僕が子供のときも優しい先生や、すぐ「教科書しまえー」という先生は人気ありましたけど、やっぱり印象に残ってるのは厳しい先生だったりしますもんねぇ・・・。特に大人になってから会いたくなるのは、個人的には厳しかった先生だったりします。厳しい先生は、ちゃんと全員に厳しくてえこひいきしないですから。

個性は出し方を間違わなければ武器になる

自分の色を出す人は失敗するけど、自分の色を足していく人は成功している。つまり自分の色はただ出すのではなく「出し方」が大事なんですね。本質的な部分はそのままに、自分なりのアレンジを加えていく、「足す」というオプション思考が大事なんだと思いました。

 

出版プロデューサーという仕事も同じような部分があって、それぞれが自分の個性、色を足してやっていますが(それはそれはカラフルもといキャラフルです笑)、本質の部分は共通していたりします。

 

出版プロデューサーの本質をしっかり学びたい方は、出版プロデューサーになるをご覧ください!

お後がよろしいようで・・・笑

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