【webラジオ】本だから届けられる16歳の生の声(ゲスト:ポプラ社編集者 天野潤平さん)コウジニシウラのおしゃべり出版ウラ表紙vol.51

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こんにちは!洗濯機で紙おむつを洗濯してしまった、出版プロデューサー白木です(涙)

この記事は、著者から「ずっと笑ってるラジオ」と称された、本でベストセラーを目指す人のための番組『コウジニシウラのおしゃべり出版ウラ表紙vol.51』の概要です。

出版プロデューサーの西浦とフリー作曲家のあるうらさんによるラジオ形式の番組ですので、移動中など気軽に聞いてみてください。

当サイトとfacebookページの双方で配信していきます。(内容は同じものです。)

先週に引き続き、ポプラ社編集者の天野潤平さんをゲストにお迎えしております!

ご視聴は ↓ からどうぞ!




西浦「どーもー、眼鏡10本くらい持ってるけど使うのは4本くらいです、出版プロデューサー西浦です。」

あるうら「どーもー、最近読むマンガは青春系で毎回泣いてます、フリー作曲家のあるうら です。」

天野「どーもー、最近の悩みは、″頻尿″の編集者の天野です。」

西浦「よろしくお願いします。」

あるうら「みんな“年”やな(笑)」

西浦「青春系ね~。」

天野「僕も青春系多いです。」

あるうら「高校生の時は青春系ダメだったんです。展開が読めるというか、ベタやな~って。今はそっちの展開の方が好きっていう。」

天野「“年”ですね、朝ドラみたいな感じ。今、青春ど真ん中です。」

あるうら「青春モノって、本来の読者ってどの層なんですかね。」

西浦「連載している本誌によるんじゃない?」

天野「今一番ハマっている作品はあるんですか?」

あるうら「最初の3巻しか読んでなくて、タイトルを忘れた(笑)つくしくんのやつ!サッカーの。」

西浦「なんやねん!・・・DAYS?」

あるうら「そう!3巻で泣けます。」

眼鏡と頻尿の話しが気になる人(いるかな~w)はぜひ本編で!

『16歳の語り部』とは

西浦「東日本大震災の被災者、当時小学生だった子たちが『語り部』という形で体験をお話している本『16歳の語り部』からお聞きしていきたいと思います。」

あるうら「1週間前の放送で、震災をきっかけに本作りが変わったっておっしゃっていましたね。」

天野「転換点というか、編集の仕事の意義を感じたのがこの本でしたね。

震災当時、彼らは当時小学校5年生で宮城県の東松島市に暮らしていたのですが、市の97%が被害を受けて、ほぼほぼ浸水しました。彼らも家を流されてしまったので、今は別のところで暮らしています。

震災後、辛かったこととかを誰にも言えず、学校でも『前を向いて明るく生きていきましょう』と言われて違和感があった。

でも、先輩たちが『語り部』やってる姿を見て『自分たちも語ってよかったんだ』と気づき、高校生になって『語り部』活動をはじめたんです。そして東京で初めて『語り部』をやる時にたまたま僕が居合わせたんですが、もう衝撃を受けてしまって。」

西浦「東京で初めてだったんですね。」

天野「司会が30分で話してというところ、彼らは1時間半くらい、ひたすら『何を感じてきたか』を、時間を無視して話しているんですよね。

『語り部』は3人いるのですが、

雁部那由多くんという子は、家族は亡くなっていないのですが、自分に向けて手を伸ばした男性が目の前で流されてしまったんですね。

でもその人を助けたら、自分も飲まれちゃうから、背を向けて逃げてしまった。それにずっと罪悪感を感じてきたと。

震災後日本人は、物資の配給に並んだり、分け合ったりという『いい話』が流れてたと思うんです。

けれど彼らが見た風景は、支援物資を大人が取り合って子どもまで回ってこなかったこととか。

報道では出てこないリアルな風景を、まだまとまらない言葉で話していました

 

津田穂乃果さんは、すごく揺れたんですけど″こんな地震は初めて、非日常でワクワクした″って話していて。

これってすごく子ども特有の感性ですよね。そういう言葉はニュースには出てこない。

彼女は、家がなくなって初めて取り返しのつかないことが起こったんだって気づいたそうです。

 

相澤朱音さんは、親友を失って、大好きだった猫も流されて、なんで私が死ななかったのかという思いを5年間ずっと抱えていました。

そういう生の声に衝撃を受けてしまって。

今までの震災の本は、どこか美談が多い。辛いことがあったけど前を向いて生きていますというような。もしくは社会性が強い『国は何をやってるんだ!』というような本。

でも彼らの語っていることは人間味があって生の声だなって思って。

自分はたいして意識も高くないまま編集者になってしまったわけですが(笑)

僕がこの場に居合わせたってことは“彼らの声を本に残すことが編集者になった1つの意味”なのかなと思い、監修してくださった佐藤先生に″ぜひ本にさせてください″とその場でお願いしました。

企画会議も通す前にオファーしてしまっていました。」

西浦「その“瞬間”ってスイッチ入ってる感がありますよね。それは、サラリーマン的な動き方じゃないんですよ、やっぱり。

僕もそうでしたが、スイッチ入った仕事ってけっこう無茶するんですよ(笑)。″俺がやるって言ってるんだから信じろ!″みたいな感じで。本来、若いやつにそんな権利ないんだけど(笑)

でも覚悟してるからっていう瞬間があった人って強いと思ってます。」

当事者じゃないからこそ聴き出せた生の声

天野「企画会議でも、16歳の子に作らせるってどうなの?とか″そもそも誰?″とか″これ売れないだろう…″って言われたりしました。

でも、尊敬している先輩の編集者が『よくわからないけど、天野がここまで言うんだから。編集者として動かされたものがあったんだろうし、信じて任せてもいいんじゃない』と言ってくれて作れたんです。だからすごくその編集者に感謝しています。」

西浦「それで『通りませんでした』で、すごすご帰っていったら今後の編集者としての道に影を落としますからね。」

天野「はい、これ走りきれたのは、すごく良かったです。」

 

西浦「先ほど天野さんもおっしゃってたけど、日本人ってちょっと『美談化』したがる傾向にあると思ってて。

たとえば東日本大震災の時に、台湾の方々がたくさん募金をしてくださったんですね。それでこの前、台湾で地震があった時に、日本で『今度は僕らがお返しする番だ』って言って募金の呼びかけがあったりしたんですけど、現地の台湾にいる人からしたら『いや、そこまで困ってないんだけど…日本で大げさに募金を募っているのに違和感がある』って書いてて。そうじゃなくて、現地に来て全然普通に遊びに来れる、旅行も楽しめるってことを伝えてほしい、すごい地震だったという風評被害の方が怖いと。

 

ちょっと自分の話になるんですが、僕らは、阪神淡路大震災を子どもの頃に経験しています。奈良県だったから震度5くらいで家具やお皿が壊れた程度だったんですけど。

ただ、神戸の方はやっぱりすごくて、報道されていないけど二次災害もひどくて、暴力とか泥棒とか、かなりあったそうなんです。

そして僕が6年生の1月で、卒業まであと2ヵ月というタイミングで神戸から転校生が来たんですよ。なんの思い出も共有してないけど、卒業式を一緒に迎えることになる。」

あるうら「楽しかった!運動会!(棒読み)」

西浦「はははは。

僕らとしては受け入れようっていう気持ちはあるけど、向こうは心を開かないよね。自分の仲間は神戸にいるって思ってるから。でも避難した先で卒業式はやるわけです。

残酷な話なんだけど、卒業式に向けて、みんながメッセージカードをクラスメイト1人1人に贈るというのがあって。その神戸からの転校生には、みんなについて書くような思い出がない。

その転校生と僕はけっこうしゃべってた方なんですけど、メッセージカードにははっきりと「何も書くことがありません、さようなら。」って書かれていたです。

その時に『当事者意識』って言葉が大嫌いになって、『当事者じゃない人間が当事者ぶるな』って思うようになった。

その経験があって、震災にたいして、当事者じゃない人はどうしたらいいかの結論が僕の中で出ないまま今日にいたります。

なので、被災していない天野さんがどういうスタンスでこの本を作ったかを教えて欲しい。」

あるうら「神の啓示じゃないですか?自分が語り部の講演に居合わせたっていう。」

西浦「きっかけはそうだけど、どういう寄り添い方かなって。」

天野「これは聴き書きの本なんですね。宮城県に行って、被災後から未来の話まで全部聴いて。

それは僕が震災の当事者じゃないことが取材上良かったと思っています。本には書いてないんですけど。」

西浦「本に書いてない話!」

天野「彼らは家族の話はしたがらず、あまり本にも書きたくないと言っていました。

近すぎて辛さもわかりすぎるから。家族とは距離が近すぎるから辛さとかも言えなかったって。

僕はポッとでのお兄さんで、震災に興味を持ってくれて、遠すぎず近すぎない話しやすい距離感だったんだと思うんですよ。

(一部の)新聞記者みたいに欲しい言葉だけ聞いて切り取るんじゃなくて『とりあえず、一回全部聴かせてください』っていうスタンスで彼らの16年間をひたすら聴く。彼らから出てくる言葉を『ただ聴く』ということをやった

テレビや新聞にはできないアプローチですよね。本は尺も決まっていなくて、ある程度ページを割けますから。」

あるうら「1人1人と時間を設けたんですか?」

天野「それぞれ取りました。お互いに気を使ってはいけないので。」

西浦当事者じゃないから、言える距離感とかあるのか。」

天野「被災地の中でも、一枚岩ではないですよね。もう思い出したくないという人もいるし、被災した側と被災してない側が同じ学校に進学したりして、辛さが共有できない環境だったんですよね。」

西浦「自分たちのことを被災組って呼んで分けたりしてましたよね。山側と海側と住んでた地域で被災具合が全然違う」

天野「『被災地』という言葉でくくるとわからないけど、彼らにはその分断が見えていた。

僕はとにかく本作りするときって自分の枠組みにあてはめずに、そのまま聴くことを大事にしています

枠にはめると紋切型の本になってしまう。それだと今まであったような震災の本になっちゃうので、彼らから出てきた言葉をそのまま載せてます。そこが新しかっただろうし、刺さる本になったのかなって。」

タイトルに震災を入れなった理由

「天野さん早死にすると思うんだよね」「わかるー(笑)」

西浦「タイトルになぜ『震災』って一切入れてないんですか?」

あるうら「写真に被災地は入ってますけどね。」

天野「オビに入れればいいかなと思って。震災という枠を超えている話だと思ったんです。

大きくいうと″喪失″の話しで、みんな何かしら人生において喪失を経験していて、それをどう乗り越えていったかって普遍的なんですよね。

あまり狭い枠に落とし込まずに、広く開かれている本にしたくて。

『震災5年』とか入れちゃうとそこで止まっちゃうので、これは未来に残さないといけない本なので、限定したくなかった。

逆に、『16歳』は絶対入れたくて、この時にしか発せられない言葉だから

彼らとの出会いが18歳とか20歳だったらこういう本にはなってなかったはずなので、16歳の今だから語れることだから。

この本があることで『僕らが何歳になっても(16歳の時に感じたことを)この本が未来の読者に対して語ってくれているんですね』と言ってくれて、それって本の本質というか、物体として保存されることの価値なのかなということを教わった気がしますね。」

西浦「本は、普遍的に残り続けて、尺が自由に使える。」

天野「新聞やテレビより比較的落とし込めると思います。」

西浦「どこかの作家さんが、言ってたことなんですが

『映画と本が戦ったとき、昔は本が有利だった。

映画は再現力において限界があったから、例えばCGがないころは本の世界の方がSFを自由に作れたんだけど、想像力が乏しくなった現代の人にはSFは映画のCGで見せたほうがいい。

でも映画を集中して見られるのは1本2時間強。

本は1000ページでも作れるから″尺という物語の厚み、壮大さではまだ本が勝てる″』

とおっしゃっていて、僕もそこが本の武器の一つかなと思っています。」

あるうら「僕、読んでないですけど、この本を語っている天野さんの1つ1つに対する魂が、感動するくらいめちゃめちゃ気持ちがこもっている。絶対いい本なんだろうなということが伝わってきます。」

西浦「僕が思っているのは、天野さん魂を削りながら本作ってるから、たぶん早死にすると思うんだよね(笑)」

天野「わかるー(笑)」

西浦「人生100年時代に還暦くらいで終わるんじゃないかなと。この本には10年くらいの寿命入ってるんじゃないかな。」

皆さん、ぜひ天野さんの魂のこもった本を手に取ってみてください。
来週は残りの本をご紹介する予定です!お楽しみに!

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