文章術

文章執筆に大切なことは何でしょうか。
私の場合は、とにかく「書き始めて、書き続け、書き終わる」ということだと考えています。
まずは頭の中から外に出す、という作業に全力を注ぎ、書き終えてから推敲を繰り返します。
しかし残念なことに、これだけでは文章は上達しないと常々感じています。
考えていることを確実に伝えるためには技術や知識が必要で、常に勉強し続けなければなりません。
そんな「文章執筆」に役立つマニュアルがあるのなら、ぜひ手に入れたいものです。

そこで今回は、文章執筆の助けになりそうな、野口悠紀雄氏による『「超」文章法 伝えたいことをどう書くか』を紹介します。
文章の構成や、推敲などについて参考になる内容が掲載されている書籍です。

どんな本なのか

本書は、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授である、野口悠紀雄氏によるものです。
野口氏は1940年生まれ、東京大学工学部卒業。
文章を書く機会が山のようにある著者は、ためになり、面白くてわかりやすい文章を書く努力を続けているとのこと。
この書籍は、そんな著者が努力の過程で学んできたことがまとめられています。
対象としている「文章」とは、小説などの文芸作品ではなく、論文や解説文、批評など「論述文」と呼ばれる文章です。
しかし文章作成の基本について記載されていることから、すべてのかたにとって有益な内容です。

メッセージの重要性

第1章では、読者に伝えたいメッセージを明確化することの重要性について記されています。
このメッセージについて、以下に重要な部分を引用します。

ある命題を「メッセージ」と言えるかどうかは、どのように判断できるか?
第一の条件は、「ひとことで言えること」だ。
この規定は、単なる外形基準であり、内容とは関係がないと思われるかもしれない。
しかし、私の経験から言うと、これこそが最も重要な条件である。

(12ページ 第1章 メッセージこそ重要だ より引用)

さらにメッセージが見つかれば、どうしても伝えたい衝動に駆られるはずだとも述べています。
確かに、伝えたいことが明確ではない文章は、読んでいても内容が曖昧なものが少なくありません。
論述文を書く際は、まず、このメッセージを探してみると良さそうです。

文章に化粧をする

さらに本書では、推敲について非常に細かい説明があり、章の終わりに分かりやすくまとめられているため引用します。

第6章のまとめ
1 形式面のチェック
(1)タイトルは、内容を適切に表すものにする。
(2)章・節・パラグラフの区切りを適切にし、小見出しを内容を表すものにする。
(3)誤字脱字を根絶する。とくに、名前の誤字に注意。
(4)読点を適切に打つ。
(5)漢字・ひらがな・カタカナの比率を適正化する。
(6)表記と用語を統一する。
2 表現のチェック
(1)削れるだけ削る。
(2)類似表現を避ける。
(3)語尾の単調化を避ける。語尾で逃げない。
(4)曖昧接続の「が」の多用を避ける。
(5)使い古された表現、陳腐な表現、不快感を伴う表現、品位を下げる表現などを避ける。
(225ページ 第6章 化粧する(2)-100回でも推敲する より引用)

文章を書いたあと、実際に上記の項目についてチェックしてみると、修正すべき部分が明確になることでしょう。
推敲に関する項目は決して少なくはありませんが、読みやすく正しい文章を書くためには、いずれも重要なことばかりです。
「文章を書くのが苦手」
「文章が読みづらいと言われる」
というかたには、特に読点や語尾に関する項目を読むことをおすすめします。
なぜなら、読みづらい文章は、大抵の場合、読点の位置が不適切だったり、語尾が単調だったりするからです。

文章執筆のマニュアル

さらに、文章を執筆する際には、推敲に限らず、さまざまな部分について注意が必要であることは言うまでもありません。

  • メッセージ
  • 構成
  • 説得力
  • 推敲

いずれの項目も、文章執筆においては重要となります。
本書では、そういった項目それぞれの注意点について、いずれも丁寧に説明されています。
章の「まとめ」は、第6章以外にもそれぞれ用意されています。
時間がないときには、各章ごとに設けられた「まとめ」を読み返すだけでも有益となるに違いありません。

本書は小説などの引用が多いこともあって、文章を書き慣れている人以外にも分かりやすく、楽しく読める内容です。
ビジネス文書や論文だけでなく、自分史やエッセイなどを書きたいと考えている人にもおすすめできる本です。

終わりに

文章は、漠然と書き続けているだけでは、なかなか上達が難しいものです。
しかしチェックするべき項目が明確になっていれば、
「どこを直すべきか」
「どこを削るべきか」
も明確になり、ぐっと書きやすくなるに違いありません。
推敲や構成についても、手順に沿って書くことが出来れば、かなり楽に感じるはずです。

文章執筆のマニュアルを探しているならば、ぜひ一度、本書に目を通してみてはいかがでしょうか。
(文:朔)

【書評】「超」文章法 伝えたいことをどう書くか【文章執筆の極意とは】

文章執筆に大切なことは何でしょうか。 私の場合は、とにかく「書き始めて、書き続け、書き終わる」ということだと考...

椿屋珈琲店にはメイドみたいな制服のウェイトレスが、席で直接注いでくれるちょっと恥ずかしい「椿屋スペシャルカフェオレ」というメニューがあります。打ち合わせの時に編集者にそれを頼ませつつ、自分は普通のカフェオレに逃げた出版プロデューサーの西浦です。「打合せ」で油断する方が悪いのですよ、●●さん・・・(笑)

さて、よくマンガなどで使いすぎたPCから煙が出る描写がありますが、本当にキーボードが焦げるまで叩き続けたライターさんをご存知でしょうか?
「なんかエビが焼けるような臭いがするな」と思ったら、自身のワープロが焦げていたそうで、富士通の担当者には「今まで、焦げるほどキーボードを叩いた人は知らない」と言われたとか。

 

そんなキーボード叩きすぎ系ライター藤吉さんにお願いして、ベストセラーキャンプの会員向けに売れる「文章の極意」を教わってきました!
超売れっ子ライターさんのため、お願いしてから半年以上かかっちゃいましたが、待った時間以上の素晴らしい講義でした!
この素晴らしさの一部でも、出版TIMES読者の皆さんに共有させて頂きます!

差別化すべきはエピソード

藤吉さん曰く「著者の独自性」が語られている本は読者から支持されやすいそうです。

ここで言う「独自性」は「他にはない新しいアイデア」と、「他の人には話せないエピソード」の2つです。

 

しかし、藤吉さんが今までたくさんの著者を取材されてきた中で気付いたことは「一流の人ほど、みんな『同じこと』を言う」ということ。

  • 愛がすべて
  • ピンチはチャンス
  • 最初の動機は不純でいい

とか。

確かにどれもどこかで読んだことがある話ですよね。

 

一流になればなるほど、本質に近づいていくわけで、内容が似通ってくるのは、ある意味仕方のないことかもしれません。

とはいえ「また、これか」感があるのは否めないので、そういうときこそ『エピソード』で差別化すると良いです。

なぜそう思うようになったかという経緯(エピソード)は全員違いますし、そのエピソードの中に、その人しか語れない哲学や価値観が現れてくるものです。

特にエピソードが大事なのは、その人のエピソードに読者が共感しやすいからです。

失敗談とイイ話

それではどんなエピソードが喜ばれるのでしょうか?
それは『失敗談』『イイ話』です。

  • 失敗談

失敗談は「逆境からの復活劇」などギャップのある話が生まれるので、読んでいて共感しやすいのです。

左遷、人間関係のトラブル、若手時代に怒られた話、経営破綻など本のテーマに合うものを探してみてください。

  • イイ話

心温まるようなエピソードは、失敗談と同じく元来ウケの良いものですが、特にここ数年は反応が良いです。

「入院している同級生のために千羽鶴を折ったのだが、間に合わず、飛行機の中でも千羽鶴を折っていたら、機内アナウンスで協力を呼びかけてくれ、ほとんどの乗客が協力してくれた」

「ハンディキャップのある娘が、運動会ではいつも徒競走でビリだった。ある年、一緒に走っているコケてしまって『これで自分の娘がビリじゃなくなる!』と喜んだら、娘がコケた子の元へ駆け戻り、一緒にゴールした」

など絆や優しさを感じられる話は、深く心に残ります。(僕は聞いているだけでジーンときました)

 

読後に「こんなことがあったんだって」と人に伝えたくなるようなエピソードを持っているかどうかが重要ですね。

伝わる文章に大切なのはエビデンス

エピソードは非常に重要ですが、同じくらい重要なのがエビデンスです。

エビデンスとは、科学的な裏づけや根拠のことです。

エピソードは、「自分しか語れない」というメリットがある一方で、「再現性がない」「ほかの人は真似できない」「あの人だからできるんだ」と思われてしまう危険性もあります。

 

ですから、エビデンスを明らかにして、客観性を担保することが大事なのではないでしょうか。具体的には「脳科学的には~」とか「エビングハウスの忘却曲線によると~」と言った根拠を示すことです。「2万人が」とか「90%のクライアントが」といった、数字があるのも非常に有効です。

エピソードはインパクトがあり、広める力を持っていますが、エビデンスで「信頼性」を補てんする必要があるのです。

多作の作家が売れなくなる理由

たくさんの本を出版する作家はさぞかし売れっ子なのだろうと思うかもしれませんが、実態は逆のことが多いです。(ごく稀にそうでない方もいます)

「累計ン百万部!」と謳っているものの、平均するとほとんど売れてない…といったケースですね。

 

その原因の一つが「エピソードが薄くなる」ことにあるかと思います。

すでに何冊も本を出されている著者の場合は、「どこかの本にすでに書いたエピソード」と重複してしまったり、自分が経験したエピソードではなく「人から聞いた話」になりがちです。

エピソードが被ってくると、その著者の本をはじめて読む人以外は「前に読んだ話だな」と感じて、感動が薄まってしまいます。

それに「聞いた話」だと松下幸之助やスティーブ・ジョブズ、あるいは戦国武将の例などが、知名度の面からも採用されることが多いです。

しかし、知名度や人気の高さゆえに、逆にそのエピソードも読者に知られていて「また、これか」感があふれ出てきます。(有名人の、知られざるエピソードは非常に強いです)

 

「現場」から離れてしまった経営者や講演家にも似たケースが多く、エピソードが重複したり「古すぎたり」して、今の世の中にあっていないこともあります。

常に現場を意識して、エピソードの新陳代謝をはかりましょう。

 

作家とは「誰が」に値する生き方

他にも文章の型など一切、出し惜しみなくお話しいただいたのですが、最後にイチロー選手のこんな言葉をご紹介くださりました。

結局、言葉とは『何を言うか』ではなく『誰が言うか』に尽きる。その『誰が』に値する生き方をしたい。

2013/2/13付日本経済新聞より

この言葉がすでに「誰が言うか」に尽きる、ということを証明しているような言葉ですね。

非常に重い言葉ですが、本を書くことはもちろん、本当はブログだって、日ごろの言葉一つだって、この気持ちで発していきたいものです。

そうでないと誰にも本気だと受け取ってもらえません。

どれだけ良いことや面白いことを言っても、本人が「誰が」に値しなければ、言葉は軽く響きます

 

本の中のエピソードが、体験談なら、自分はこの本を書く「誰が」に値することを証明できますね。

その意味でも、本を書く人にとって、エピソードは絶対に必要なものです。

 

今回のエピソードに関するお話は、キーボードが焦げるまで文章を書き続けた藤吉さんだからこそ出来る講義でした。

著者を目指すあなたも、「誰が」に値する生き方をしてください。

そして自分自身にも強く戒めたいと思います。

キーボードが焦げるまで書き続けたライター藤吉さんに教えてもらった「書く」ために大切なこと5選

椿屋珈琲店にはメイドみたいな制服のウェイトレスが、席で直接注いでくれるちょっと恥ずかしい「椿屋スペシャルカフェ...

引っ越しの荷造りがキライな出版プロデューサー西浦です。荷解きはどんどん部屋が広くなるから楽しいのですが、荷造りはやればやるほど段ボールが積み上がり、生活しづらくなっていくという悲しみしか生まない作業ですね。はぁ。。。

さて、本を書くときに文章の上手い下手は誰しも気になるもの。しかし、案外忘れがちなのが文章の『自分らしさ』です。ぶっちゃけほぼ100%の原稿は、編集さんによってちゃんと「読みやすい文章」にブラッシュアップしてもらえます。だから下手すぎる場合を除いて、そこまで文章の上手い下手は気にしないで大丈夫です。

 

しかし、文章に「自分らしさ」「雰囲気」を練り込むのは、やはり自分の仕事です。(一部、憑依系の編集さんもいますが、これは例外)ですので、自分らしい文章の書き方について考えていきましょう。

 

『自分らしい文章』とは、著者の人柄がにじみ出るような文章ではないでしょうか。場合によってはくだけすぎたり、丁寧すぎたりと「読みにくい」ときもあるが、「あの人らしいなぁ」と感じる文章です。

まだまだ研究中の分野ではありますが、現時点で有効だったり重要だと思っているポイントについてまとめます。

使わない言葉を決める

「いつも特定の言葉を使う」ことで自分らしさを主張するのは、かえってあざといなと感じられます。狙ってる感というか。

でも逆に「使わない言葉」を決めると、自然と自分らしさが出てきます。

 

例えば僕の例だと、人に対して「使う、させる」という言葉を使わないと決めています。

  • 「俳優使って、本格的な再現ドラマを作ろう」
  • 「ライター入れて、取材で書こう」

相手が年下や部下だったりすれば日本語としてはおかしくはないのでしょうが、好きな言葉の使い方ではありません。

なので僕の場合は年下や身内に対しても「してもらう」という表現を使っています。

 

こういった「使わない言葉」は、実は文章だけでなく、その人の生き方も反映していたりします。

つまり言葉を「使わない」ことで、同じ考え方の人たちに共感してもらえるのです。

逆に文章を読んでいて「なんとなく嫌だ」と感じることがあるとしたら、ひょっとしたらあなたが使わない言葉を相手が使っているのかもしれません。

 

どっちつかずは書かない(委ねるのはOK)

基本的に文章は「言い切る」方が良いです。メッセージが明確になりますし、一文も短くなります。まさに読みやすい文章ですね。

ただ性格的に「読者に対して強制はしたくない」とか「判断は自分でするべき」「多様性を大事にしたい」という著者もいます。

 

この場合「言い切る」のに抵抗が出ると思うのですが、「言い切らない文章」は何を言いたいのか分からない文章になりがちです。

すると「はっきりしないのは自信がないから」と読者に映るので避けたいですね。

そういうときは「言い切って」そして「委ねる」書き方をするとあなたらしい文章になると思います。

 

例1)言い切って委ねる文章
言い切ると「自信がある、わかりやすいという印象」を与える。そのうえで委ねると「優しい、強制的でないという印象」も与えられる。だから好みにあう書き方をしよう。

(選択肢それぞれのメリットを言い切って、選択そのものを委ねる。)

例2)言い切ってない文章(わかりづらい)
言い切ったらいいかというと、考え方の合わない人は反発しますし、かといって言い切らないでいると自信がないと映ってしまう。
(1より短いのに、だから結局何なの?って感じになってしまう)

例3)言い切ってない文章(自信がない)
言い切ると自信があるというように思われることが多いように思います。

(たぶん読んでてイライラするのでは?)

 

本質、原因、仕組みに関する考え方は慎重に

世の中のいろんな物事の『本質や原因』に対する、自分のスタンスは、ちゃんと意識しておきましょう。

その場のノリで書いてしまうと「あれ?この人ってこういう考え方をする人だったっけ?」と読者が敏感に反応します。けっこうその人らしさが出やすい部分なのです。

 

例えば、

  • 戦争がなくならない理由は?

について「自分と違う価値観を認めないから」なのか「差別」なのか「恐怖」なのか「政治の一形態」なのか「陰謀」なのかといった理由に、あなたが何を選ぶかです。

「戦争のような重たい話書かないから、別にいいよ!」と思うかもしれません。しかしその「理由」の方について書くときについポロっと出してしまう可能性があるのです。

どういうことかと言うと「価値観の違いを認め合って生きることが大切だ」ということを伝える文章の中で「戦争も、価値観を認め合えないからなくならないのです」とついつい書いてしまうことがあるんですね。

このついついが怖い。「価値観の違いを認めよう」という文脈が、「戦争の理由」という重たいことをついつい書いてしまったことで「戦争は価値観の違いを認め合いないからだ」という文脈として読み取れるようになってしまうのです。

 

「世の中はこうやって動いている」ということをみんな何となくそれぞれに信じていて、その比重も人によってちがいます。

成功の理由も精神論とするか、スピリチュアルとするか、やり方などノウハウにするか、クリエイティブ至上主義か、とかいろんな種類がありますね。

同じ考え方の人からは賛同されますが、逆からは敬遠されます。内心バカにされたりすることも。

 

個人の内面を重視する人、社会の仕組みを重視する人、いろいろ居ていいので、あなたが何を選ぶか(書くか)はあなたの自由です。

ですがどんな考えにも同意者と反対者がいるので、発言することで敵と味方を両方得ることになるでしょう。だから発言するときは慎重に「自分らしい」方を考えてから選んでください。

 

専門外の領域は基本的にふれない

専門外の領域について偉そうな書き方をするのはやめましょう。この時ばかりは言い切りは逆効果です。

なぜかというと「専門分野の信頼度にも悪影響が出てしまう」からです。

 

たとえば僕が出版の目線で、映画のことを批評したとしましょう(わりと偉そうに、言い切る感じで)。

その文章がてんで的外れだった場合、映画の分野に詳しい人たちから「こいつ全然大したことないな~」「ってことは出版で書いていることも大したことないんじゃ?」と思われてしまいます。

 

「他分野で〇〇があったらしいけど、出版に置き換えたら××なことができるかもしれないね!」というくらいのトーンならいいと思います。

逆だと恥をかくだけでなく、本当は的を得ているはずの専門分野にも傷をつけることになりかねません。

 

どんな文章も書くも書かないもあなたの自由ですが、書いた後には責任が伴います。誰でもどんな文章でも書いていいからこそ「自分らしい」文章やスタンスはなんなのか整理しておくと良いでしょう。

 

自分らしい文章の書き方は、スタンスを決めるところから始めよう

引っ越しの荷造りがキライな出版プロデューサー西浦です。荷解きはどんどん部屋が広くなるから楽しいのですが、荷造り...

「~の到達点」っていう言葉にすっごい惹かれる出版プロデューサーの西浦です。「人類の到達点」(某ニュートン一族)とかカッコいい!あと「橋頭保(きょうとうほ)」「分水嶺(ぶんすいれい)」って言葉も使いた過ぎてよだれ出る。

 

さて、先日30代の脂の乗ったベストセラー編集者たちとアルコールセッション(飲み会)をしていたときに「良い文章とは何か?」という話になりました。

  • 構成力?
  • 書き出しの面白さ?
  • オリジナリティのある表現?

いずれも大事だし、他にもいろいろと考え方はあると思うのですが、全員が「なるほど!」「これは新しい考え方かもしれない!」と納得した「うまい文章」「良い文章」の条件を発見しました。

これが僕らの「文章術に関する現時点での到達点」です。(←到達点使いたいだけ)

 

難しいことを簡単に説明できる人が頭いいって本当か?

「頭がいい人は、難しいことを簡単に説明できる」「難しいことを難しく話すのは、頭良くない人」みたいな話しを聞いたことはありませんか?

これって本当にそうでしょうか?なんとなくそんな気がするものの、ちょっと違和感を感じたことはありませんか?

僕がそのように感じるのは「難しいことを簡単に翻訳する時点で、大事なことが抜け落ちてしまっているのでは?」という疑問があったからです。

頭がいい人や専門家だからこそ到達できる境地というものがあって、それを僕のような一般人にわかるレベルに翻訳すると、何かズレてたり、肝心なところは分かってないんじゃないかな?と不安になることがあるんですね。(相対性理論とか量子力学の本とか読んでると特に・・・)

 

だから編集さんたちと話しながら

  • 「簡単に説明する=たとえ話でわかりやすくすること」のようなイメージがある
  • 原稿でも分かりにくいところがあると「たとえ話」を要求したりする
  • けれど「たとえ話」が必要な時点で分かりくい文章ってことなのでは?
  • むしろ「難しいことをそのまま話しても、大事なことが伝わる人が賢い人なのでは?」』

という疑問が生まれたんですね。

 

「簡単に説明する」とは、たとえ話をすることではない。

「難しいことを簡単に説明する」ということがどういうことか、ちょっとまとめてみました。

難しいことというのは

  • 複雑であったり
  • 専門用語が多かったり

する話だと思うのです。それを簡単に説明するとは

  • 複雑な構造を単純に ⇒ 単純化
  • 専門用語を一般的な言葉に ⇒ 一般化

するということになりますね。プロフェッショナルや専門家が、初心者や素人にわかるように話すってこういうことだと思うんです。

 

でも、この単純化された際に抜け落ちたニュアンス、一般化された際に失われた背景って伝わりません。

これこそが僕が危惧している「難しいことを簡単なことに翻訳すると、抜け落ちてしまう大事なもの」です。

 

「こっちが善であっちが悪」みたいな超・単純化をしてはむしろ頭悪い人だと思うのですよ。(簡単だし、わかりやすいけど)

だから本当に頭がいい人は「単純化しつつニュアンスを伝え、一般化しつつも背景は伝える」ことができる人ではないでしょうか。

 

この絶妙なバランスで単純化・一般化ができれば、読み手聞き手はその瞬間に「なるほど!」と、プロや専門家に近い(同じではないけど)レベルで理解できます。

これはとてもハイレベルなことで、問題なのは上手に単純化・一般化できない人が、「たとえ話」を多用し、伝わったつもりになっているケースです。

たとえ話は逃げ

「単純化しつつニュアンスを伝え、一般化しつつも背景は伝える」ことが出来た時、そこに「たとえ」は必要ありませんね。なぜならすでに伝わっているからです。

でも難しいことを、短めの言葉で「バシっ!」と言い切った後、周りは逆に「ぽかーん」としていて、そこから『要は~』とか『例えば~』と「たとえ話」を持ってくるケースがありますよね。

 

そういうまわりが理解できてないときは「たとえ」るのではなく、再度「単純化と一般化」にトライする方が良いと思います。周りが「( ゚д゚)ポカーン」としてるのは「単純化・一般化が足りていない」か、「やりすぎてボヤけたか」のどっちかなので、そこを再調整すれば伝わるはずです。(それが難しいのですけどね)

それができていないのに『要は~』なんて言うと『いや、あなたの話、全然要してないと思うんですけど?』って聞き手は不快に思います。

たとえ話の使いどころは自分事化

ではたとえ話はまったく使えないものなのでしょうか?もちろんそんなことはありません。たとえ話は読者に「自分事にしてもらう時」に役立ちます。

つまり自分の人生に置き換えるためのたとえ話は有効です。

こう思うようになったのは、僕が読者向けに本のプレゼンをするイベントがきっかけでした。

 

僕がオススメの本を紹介するというイベントを定期的にやってまして、そのイベントで「銃・病原菌・鉄 1万3000年にわたる人類史の謎 」という本を紹介したときのことです。

 

『なぜ人類はお金や権力などを「持つ者と持たざる者」の間で差が生じてしまったのか?それは人種や才能の差異ではなく、生まれ落ちた場所が農耕に向いた土地で、その地域で育てられる作物の種を持っていたという2つを満たしていたかどうかが明暗を分けたのです。優れていたとか努力したというよりは環境の影響力が非常に大きく、効率的に食糧をたくさん得られた方に、政治システムや武器を作製する余裕があったのです。』

 

という話をしたら、みんな「理解」「納得」はしてくれるものの「で?で?」と、「もっとくれ、もっとくれ感」がすごかったんです(笑)。

実は僕としてはもうこれで十分というか、しっかり伝わった、落ちがついたと思っていたんですね。けどみんなの「もっと来い、もっと来い感」がすごかった。そこで

 

『これはそれぞれの人生に置き換えた時に、とても気をつけなくてはいけないことだなぁと思いました。【たとえば】自分がどれだけ仕事で努力しても、その業界(環境)や才能(種)が「向いていない」ものであれば、持たざる者の側になってしまう可能性があるからです。

「なぜイチロー選手は、今の年俸を得られたか?」といえば「努力、才能、いずれも必要だが、一番大事なのは野球を選んだことだ」という話を聞きました。野球でなくて、もっとマイナーなスポーツであれば、今のような年俸は得られなかったでしょう。同じくらいの才能を持ち努力をしたとしてもです。タレントの武井壮さんもそんなことをおっしゃってましたね。

逆に今うまく行ってるなら「才能がある」「努力してきたから」だけでなくて「環境のおかげ」と感謝の気持ちを忘れてはいけません。たまたま育てるのに向いた種と、育つ環境に身を置けただけなのかもしれないのです。』

 

と若干焦りつつ、たとえ話のオンパレードを披露したところ、『おおー!』とようやく皆さんの満足を得られました(焦った・・・)

それ以降は「内容まとめ+自分の人生に関わるたとえ話」のセットで紹介することで、興味関心や、人によっては感動したと言ってくれた人も出てきました。

おそらく、「読む」や「聞く」という行為は、どうしても受け身にならざるを得ず『ここが着地点ですよ』というわかりやすいサインがないと、感情の着地どころを見つけにくいんですね。

そのときに「たとえ話」は読者や聞き手が「自分事」として落とし込むきっかけになるのです。

 

というわけで、難しいことを書いたり、言ったりするときに安易に「たとえ話」に逃げるのはやめましょう。

「たとえ話」は、理解の後で、相手に自分事として落とし込んでほしい時に使う、伝える技術の到達点です。(←到達点使いたいだけ)

編集者とブレストして到達した「本当にうまい文章にたとえ話は不要」論

「~の到達点」っていう言葉にすっごい惹かれる出版プロデューサーの西浦です。「人類の到達点」(某ニュートン一族)...

こんにちは、出版プロデューサー修行中の白木加奈子です。

今回は、私がそうなのか!と思ったことをまとめてみます。

題して「本を書くなら自分の言葉で!」

 

自分の言葉で本を書く重要性

西浦さんが著者の方に大切にしてもらいたいと思っていることの1つに、
自分で書くという点があるそうです。

  • 伝えたいことはあるんだけど文章を書くのは苦手
  • 文章を書いている時間がない
  • 自分一人では文章をうまくまとめられない
  • 初めてだからどのように執筆したらよいかわからない

本を書きたいけど、こういった悩みを持った方はたくさんいらっしゃると思います。

そう、そんな時はプロに頼もう!!

ということでライターさんに代わりに書いてもらうということもNGではありません。

私もその方が素敵な文章になるのでは?と思っていました。

 

では、なぜ自分で書くことが重要なのでしょうか?

それは、本人が書いた方が明らかにその人独自の豊かな表現=言葉が生まれるからです。

プロのライターさんはもちろん文章を書くプロですから、とても上手に書いてくれます。
ただ、その言葉は一度そのライターさんのフィルターがかかりますので、ライターさんの
言葉になります。

ある意味 ”上手く” はまとまっているのですが、独創性や目に留まるような新しい表現
ではない場合や著者の方が思っていることとぴたっと一致しているかというと
そうではない場合も出てきてしまいます。

やはり、一番読者の心を掴むのは、四六時中このことを世の中の人に伝えたいんだ!!
という熱い思いを持った著者自身の言葉であり、表現の仕方なのです。

例えば、堀江昭佳さんの「血流がすべて解決する」を西浦さんがプロデュースしている際に、
「血液サラサラ」といった表現は良く耳にするけれども、堀江さんが「血流たっぷり」という
表現を使われた時に「これこそ著者本人にしか思いつかない表現!」と思ったそうです。

 

本を書きたいけれど表現が苦手と思っている方へ

とはいっても、表現が思いつかないよ~と思っている方も多いのが現状。。。

よく言葉が「降りてきた!」などという表現を使うことがありますが、
まさに無理矢理ひねり出そうとするのではなく、
なんとなく日常生活の中で突然思いついたりするものだったりするそうです。

皆さんは本を書きたいと思っているくらい強い思いのある方なのですから、
ちょっとくらい頭を切り替えたって、その思いが消えることはありません。

ちょっとリラックスして、お風呂に入っている時や散歩をしたり、
好きな音楽を聴いたりしていると突然ふっと降りてくるようです。

その時に、すぐにメモ!!!できるように、常にメモ用紙や携帯のボイスメモに
録音しておくなど自分のやりやすい方法で記録をしておくと良いですね。

 

また、人に話す(アウトプットする)こともとても重要で、
自分の考えが話すことによってまとまったり、新鮮な表現や例え話しが出てきたりします。

私が西浦さんと一緒に話していて感じることは、私が発した言葉に対して、
自分では当たり前だと思っている表現でも「それ面白いね!」とか
「それ自分の発想にはなかったよ」と言われたりするので、
話しているうちにお互いに色々な気づきや発見があるなということです。

おわりに

本を書くことは簡単ではありません。

著者の皆さんは何のために、誰のために、なぜ本を書きたいのでしょうか?

1人で悩んでいてもなかなか前に進みづらい時は、ぜひ誰かの力を借りてみてください。

そして、ぜひ自分の言葉で書いて頂きたいなと思います。

それが一番読者に喜ばれ、あなたのファンになってくれる秘訣ではないでしょうか。

 

私もこれからもっともっと多くの方と出逢い、様々な言葉を目にすることができる
ことを楽しみにしています。

 

本を書くなら自分の言葉で!

こんにちは、出版プロデューサー修行中の白木加奈子です。 今回は、私がそうなのか!と思ったことをまとめてみます。...